わが上司 後藤田正晴

わが上司 後藤田正晴_e0001663_22163413.jpgどことなく気になっていた政治家、後藤田正晴氏の名が文庫本であったので購入・読了。同じ田中派の代議士野中広務といい、ずいぶん癖のある政治家ばかり気になるもんだ。警察権力の権化のイメージと、中曽根政権の右傾化を体を張って諌めたリベラルさが、どう同居しているのか興味深かった。



しかし、だ。この本は後藤田正晴を描いたものでは全く無かった。語られる言葉の一言一句の全てが、筆者佐々淳行氏の自己PR。この恥を知らない自己顕示欲が、霞ヶ関で出世する必須条件だということがよく解る一冊であった。加えて、殆どご縁は無かった中央官僚殿との、ほんの僅かな接触の際に感じた違和感を、たっぷり堪能することもできた。

まず、自分がいかに向こう見ずで、豪胆で、それでいて原則に忠実で、正義感の塊で損ばかりしてきた人生かがしつこく語られる。後藤田氏はまるで狂言回し。無理難題を吹きかけて、それをそつなくこなす自分を、実は誰より可愛がってくれたのだ・・・のエピソード、二つか三つにしときなさいよ!深夜まで仕事して、銀座で痛飲して、役所へUターンしてまた仕事ができるスーパーマンが評価されることに通じるな。

それに「右手に血刀、左手に手綱」とか、「死シテ屍、拾フモノナシ」など、故事、熟語に通じて頭いいんだぞの大上段の語り。新劇のような身振り手振りが目に浮かぶ。TVで見た道路公団の藤井総裁の物言いを思い出すな。何の際の描写かというと、役所同士の会議の仕切りだったりする。下々にはわからんのぉ。

気の会う同士に対する手放しの賛辞と、そりの合わない人間に対する口汚い誹謗。縦割りが、個人のレベルでも細かく存在する役人世界もよく見える。男の嫉妬は女より怖い、とご自分で書いているのは自己撞着なり。

通して読んで、筆者が時代を揺るがす大事件に前線で遭遇したのは間違いないと思う。が、自分をアピールするのに懸命なあまり、事件の重大さや政府の決断のドラマは脇に追いやられてしまった。後藤田氏が日本に与えた小さくない業績について、もっと客観的に書いた評論はないかな。

でも、「後藤田五訓」は良かったよ。
by cegero116 | 2006-10-10 23:56 | 本の虫 | Comments(0)