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月曜日。竣工式を間近に控えたSPA&HOTELの試泊会が催される。関係者、来賓のご招待客オンリー、グランドオープンまで二週間を切ってのテストラン…間違い、不手際お許しあれ。工事だってまだたくさん残ってますもののイベント。

来賓の中にお懐かしきT社A専務のお姿。私をこの世界に拉致…いやお導きいただいた大恩人。恥ずかしながらと館内をご案内する。ダメ出しするとこ山ほど見つけておられるに違いないが、優しくニコニコ回ってくれる大人の専務。ディナーの席では出会いからの四半世紀(もうそんなに!)の思い出を語り合う…一緒に回そう走馬灯。

写真はロビーの一角にあるデザートバー。床と同じ仕上げで存在感を消して建築に融合させるYセンセのテクニック。ここのソフトクリームが美味いんだ。全貌が公けになるまであと少し。その頃にはまたたてもの紹介したいなり。

来賓でホテルが満室となり、ワタクシ施主さんたちと一緒にリクライナーで就寝…平気なはずなのだが、興奮のためか酒が足りないせいか、なかなか眠りにつけず、やっと寝ても3時過ぎに目覚める。と、どこからか麻雀牌の音。夕食後から始めたA専務の戦いがまだ白熱中のご様子。お元気で何よりです…私は眠たい。
2025年の万国博覧会が決選投票の末、大阪に決定したとのニュース。あのEXPO70から55年ぶり…当時高二だったワタクシ、テニス部同窓と三人で名古屋から大阪へEXPO見物旅行。祖父の家に泊まったあと紀伊半島一周旅行。三人とも親を伴わない初めての体験…何もかもが懐かしい。
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で、55年。今やデスクの上で世界のあらゆる情報、画像、映像が瞬時に手に入り、SNS等でリアルタイムの世界交流ができる時代となっている。このご時世にパビリオン建てて博覧会を催す意義は?…新しい形の万博?今から7年後、仮想空間の発達がどこまで行ってるか知らないが、その意義を景気浮揚だけに求めてると世界が嗤ってないかな?…なんせ、ライバルはプーチンロシアとアリエフ一族の独裁国家アゼルバイジャン…パリなんかこんなもんに予算かけられるかと撤退したそうだもん。

いや、オリンピックだって築地移転だってハコモノによる景気浮揚…建て続けることが経済政策とは、これも一つの国家像なのかもしれん。見てみましょう、新しい万博。七年後まで生きて見られる保証は何もないけどね。

e0001663_20514672.jpg日曜日、母の七回忌と父親の五十回忌を、菩提寺西蓮院にて同時に納める。出席は家人と妹と私の三人のみ、淋しいような十分なような。十分だな。西蓮院の住職さんも世代交代して34歳の若者。長らくお世話になった先代の住職は、上皇、ではなく「長老」なるお立場となり、形の荷を下ろされて前よりお元気(^^;

母七回忌、父五十回忌…と言うことは、母親は43年独りて暮らしたのだな。時は全てを連れてゆくものらしい…なのにどうして淋しさを置き忘れて行くの…ワタクシとて遠からず新住職に弔いの経を読んでもらう身…淋しさの分だけ、愚かさをください…。

と、しみじみする間もなく現場から追い討ちの電話。戻りますってば!
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覗くだけであまり積極的に関わっていないFacebook。みゆきさん以外で唯一参加してるグループ「懐かしき昭和パラダイスhttps://www.facebook.com/groups/146657672352814/about/」

毎日とても賑わっていて、覗くだけ会員には嬉しい限り。平成も30年きっちりで終わりを告げる今日この頃、このページ見てると、ホントに私は昭和だったのだなぁ、と。戦争、焼け跡を経験した本物の昭和が現れると尻尾を巻いて逃げるのだけど、その時代に生まれて育ったのは運命にして事実。この年齢にして懐かしむのは権利だよな。

有り難いのは、記事、写真がシェアフリー。なので、紹介するのにこんなことができる。↓
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まちかどの懐かし写真。スパゲッテもカレーライスも60円だったのね。
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とても多いのが車シリーズ。これぞハードトップ、てな解説が付いていた。
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芸能人、アイドル分野も盛ん…当時の資料大事にしてる方、多いんだろうな。
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時事ネタも色々。ポール、この時のことは水に流して(忘れて)毎年やってきて下さる。
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モノシリーズ。どこのおうちにもあった石油ストーブ…現役なおうちもまだ沢山いらっしゃると思う。
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映画ネタ。男はつらいよ第一作とは…懐かしい…以前の感傷なり。

思い出なんか何一つ~私を助けちゃくれないわ~…いえ、古くなるほど酒は甘くなる、のです。


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JR京都駅新幹線の構内、柱と言う柱にこの内照式看板、「いっぱい笑われた俺たちだから、思えばそれって幸せだよな」…お茶の伊右衛門のCM。妙に哀愁をそそる。まだ父が存命の頃のご贔屓番組「8時だよ、全員集合」…元々はクレイジーキャッツの大ファンだった父が、彗星のごとく現れたドリフターズにも興味を示した。名人級のJazz演奏と、洗練されたギャグ、ウィットのクレイジーに比べ、まさにやんちゃな下ネタ満載悪ガキ軍団。哀愁とは無縁な存在だったよね。

この写真が「3人」なことが原因かな。早逝したいかりや長介氏を今も慕ってるよう。トップスターだったカトチャンの老いも著しく、そんな良い子の幸せコメント言ってほしくない…が、「ちょっとだけよ、うんこちんちーん」も40年からの昔。まだ3人で思い出話語れるだけいいのかも。ドリフのように一世を風靡したことなど全くないが、私も誰かと並んで幸せ語る日々が来るといいな。

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何かの週刊誌、1964年の東京五輪閉会式の感動の記事を目にする。10歳だった私にも忘れられない思い出。早速YouTubeで当時の映像を検索・スクショしてみる。便利な世の中だ。

64五輪、晴れ渡った空に聖火ランナーが颯爽と現れた開会式の映像もよく紹介され、嫌いではない…シンプルだったね。が、時代が進むにつれショーアップが加速、イベントクリエイター活躍、で人間が空を飛んだりし始める。世界への国威の発信になった感じが好きになれず、オリンピックかぶり付きのシーズンも開会式は見なくなった。

小学五年生のワタクシ、このオリンピックのことは今も鮮明に覚えてる…ハンセンvsラインハルトもチャスラフスカもショランダーもアベベも円谷も…年寄り、昔のことほど忘れんもんだ(^^;…中でこの閉会式は一等賞。整然と行進する、とばかり思ってた選手たちが、思い思いの格好でバラバラに会場に乱入、肩組んだり写真撮ったり、何故か陸上のユニフォームで走ってる奴がいたり…お茶の間大爆笑。私もギャーギャー騒いで家族と笑ってた記憶。

ハプニングだった、と言うことになってるのかな?…いやきっとイベントクリエイターの企画だったと思うが、度胸ある演出だったよな。大仕掛けや飛び道具使わず、オリンピックが国家・人種を超えた真の友好の象徴だと世界中が実感したことと思う。

リオのスーパーマリオも好評だったらしいが、発想の桁が違う。オリンピックそのものの意義も変質しておるからやむを得ないけどね。
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またつまらんネタ…前にも書いたような気がする米朝ネタ。どうしてもあの優しい人間国宝のお顔を思い出すのだな。あんな仏様のような米朝師匠が大人げないとは…?あの世で先に逝った弟子の枝雀さんにお前、順番ちゃうやろ!と絡んでるのかしらん、なんてね。
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とにかくお懐かしい…トランプと金の顔並べたろかと思ったけど…ムカつくだけなのでやめときます。
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タイトル、なにか違うような気が…中原に歯科を追う、の方が良かったか?…どちらにせよ意味はない。

前歯に詰めてあったのがなんかの拍子で取れてしまいみっともないので予約なしで割り込む。ぱっぱっと詰め替えてもらうつもりが、ちょっと虫歯が深いですねぇ、次回きちんと治療しましょう、で仮詰めとなる。前歯だもんなぁ…大事にせにゃなぁ。

昭和の歯医者、ちょっと虫歯になると永久歯であればんばん抜いてた時代。中学生の頃には既に3本を失いブリッジ建築。その後も歯性が悪いっちゅうか手入れが悪いっちゅうか、現在、親不知を入れて32本あるはずの永久歯は24本に…20本切るとものが噛めなくなる、80歳で20本を残そう、と言う8020運動があるらしいが、そろそろカウントダウンか、意外と頑張ってる方なのか。

小さい頃はこれがコンプレックスだったなぁ。失うと永遠に戻らない歯、その先の人生を思って暗澹たる気持ちになったもの。きっと永遠に生きるつもりでいたのかもしれぬ。その伝で言うと、人生が有限であるのは結構安心感のあるものなのだね。あと100年、1,000年を歯無しで生きるわけではないわい、とね。

今度の人生で為し遂げなければならないことの殆どは未遂…世界征服もせんかったし、野球選手にもなりたかった、いまでも夢に見るさ、マウンドに上がってる~(ミュージシャン)…残りから逆算しても逆転満塁ホームランはなさそう。生きてるだけでまるもうけ(サンマサン)と気楽に過ごせるのはうまく作られてるな、人生。

ま、あと10年くらい頑張れば、きっと最盛期を迎えていることだろう…強がってみる。20年前くらいから同じこといってるけどね(^^;
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週刊新潮、お盆の別冊「昭和とバブルの影法師」。1986年12月から1991年1月の出来事なのでたった4年と2カ月…私が33歳から37歳、か。崩壊してから産まれた方がいま26歳。知らない方とのお仕事がずいぶん増えている。ちょっと前の戦前、戦後、みたいなものかな。私はさしずめ戦中派真っ只中。山本五十六や東条英機を見るような思いで、許永中さんや伊藤寿永光さん、W浅野や千昌夫を語る世代なんだろう。とは言うものの、自らの身に起こったことの中ではまるで実感なし。何の恩恵もなかったが、その後の後遺症だけは等しく被る…いや、恩恵に与った方が被った後遺症に比べれば著しく小さな後遺症、だと読んでてしみじみ思う。

記憶にあるのは「嫌な時代だったなぁ」と常時思ってたこと。株じゃ不動産じゃ消費は美徳じゃ額に汗して働く者はバカ者じゃ、と闇社会ではない普通の企業人、サラリーマン、おじさん、おばさん、兄ちゃん、姉ちゃんが踊っておった。都心の曲がりくねって何にも建たないちっちゃな土地が坪千万じゃ一億じゃ…ダブルのスーツ着たゼネコンの営業マンが先頭で踊っておったな。

通説によると、チューリップの昔から何度ひどい目にあっても深く深く反省しても必ず繰り返させるそうな。そう言えば今もあの4年間を懐かしく思い再び来ることを切望してる方もおるな…四半世紀も切望してるのか。いやいや、その後だってネットバブルだのファンドバブルだののマイクロバブルは何度もあった…ひょっとして只今の異次元の金融緩和なんてのも人為的にこれを起こそうとしてるのだな。

読んでて懐かしい気持ちは皆無、嫌な思いだけが蘇りました。



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中学生の頃から用いているサイン…こういうのサインって言うのかなぁ?花押?そんな大層な…猫なのかなんなのか、とにかく教科書にもノートにもカバンにもテニスラケットのカバーにも書いてた…ダサい?

手紙も議事録も自筆で書くことが稀になった昨今でも、クレジットカードのサインやホテルの宿帳で署名をする機会は多い。そんな時こそこれ使えば良いのだが、ちょっと気が引ける…まして銀行借り入れの連帯保証人の欄には…無理ですな。

で、今は飲み屋のボトルキープに書くくらい…これは、御苑のオンリーイエスタデーの私のボトルを飲ませろとの某氏のLINEに、このサインのあるブラックニッカだよー、と週刊誌の裏に書いて送ったものなり。