カテゴリ:旅の手帖( 467 )

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昨日、朝イチ大阪会議を終え京都へ。京田辺にて軽い修繕工事の立ち会いののち京都駅に戻り旧知の友と一献、そのまま駅近ホテルにお泊まりとなる。築一年そこそこの綺麗なビジネスホテル「エクセレンス」…どうも真ん中に露地が通ってるらしく、スキマを挟んで二棟で一軒なのだな。お部屋、設備は完璧…これが税込¥3,500也。だぶついてきてないかい、京都のホテル。

京都からの湖西線で堅田まで。なんか怪しい電車でトコトコ。忍電車とな…地理的に言うと甲賀忍者だな。小さい頃読んでた伊賀の影丸のせいで、甲賀や風魔の忍者は悪者だとの刷り込み。カムイはどこの忍者だったっけ?
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内装にも布製の吊り広告。忍者屋敷でイベントがあるのかも。
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昨日のお宿。烏丸四条から西へ。新町通と西洞院通の中間のホテルユニゾ。まだ新しいホテルでロビーも部屋もピッカピカ、付帯設備も充実で心地よい一夜となる。春節真っ只中、取れなかったらどうしようと思っていたが、楽天で普通に予約…4,200円也。あちこちばんばん新築ホテルができてる京都…大丈夫かぁ?

ちょっと一杯引っかけるかと出たホテルの裏口はなんかいい感じの路地…南に下るとクランクしておる。さすがにこんな道に名前はないか…と「膏薬辻子」の標識。こうやくずし…?…昔、膏薬の店があったのかな?と、戻って調べてみる。

平将門の乱ののち、全国に天変地異が相次ぎ、将門の怨霊の仕業だと言うことで、あちこちに首塚が作られた。京都でも、踊る念仏の空也上人が道場を構えていたこの地に神社を建て、将門の霊を供養したのだそうだ。で、空也供養→くうやくよう→くうやく→こうやく→膏薬、と訛ったとの解説があった。辻子は十字状の露地のことらしい。そう言えば「次の辻を曲がったとこ…」てな言い方するな。

やはり京都は歩いてみるもの…小さな蘊蓄ひとつゲット、です。

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なりました(-_-;)…怪しい風邪の兆候、現実となり具合悪し。折しも列島大寒波。予感で飛び込んだお医者に貰った風邪薬飲みつつ上下ヒートテックにマフラー、ダウンにマスクで武装して完成間近の現場竣工検査に臨む。現場、まだエアコン稼働してないんだよぉ…。

と、現場に隣接するショッピングモール「ピエリ守山」店内の暖かい空間で暖を取る。完成の暁には我らが現場がこちらと連結するのだ。オープンまでひと月、みんなで頑張りましょう。

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いよいよ迫ってきた琵琶湖畔の工事。追い込みで慌ただしい現場を急ぎ足で視察する。あいにくの天気ではあるが、2階レストランより望む琵琶湖大橋、絶景となる予定。どんな仕組みなのか、車で走行すると「琵琶湖周航の歌」が流れる。旧三高ボート部の歌、学生時代の宴会の〆に「逍遙の歌」に続いて必ず歌ってた。ボート部の水難事故の鎮魂歌、とも聞いていたが、はて?…森繁さんや加藤登紀子さんも歌ってたな。

我は湖の子、さすらいの~
旅にしあれば、しみじみと~

今日で三日の旅暮らし、一匹もすくえなかったね~、なんてしみじみしている場合ではない。あと僅かで竣工なのだ。

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所用を終え、ニコニコレンタカーにて佐世保より博多に移動。全都道府県は10年以上前に踏破しておるが、通過したのみの最も馴染みの少ない佐賀県を横断するのだな、と、道中ちょこちょこ寄り道してみる。

波佐見→有田→伊万里と、焼物の街が次々。和食器、嫌いではないがどうも違いがよく解らぬ。鑑定団に出てくると90%「よくできたお土産物ですねぇ」と喝破される古伊万里、など本物の逸品を展示してるお店もあったな。有田の窯元さんは何を勘違いされたか、ドイツ風の宮殿等お建てになってる。ハウステンボスとは違い、力一杯のハリボテが朽ち果てようとしておる…有田焼って廃れたのかな?と思われるぞ。
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色々立ち寄っても所要時間はそれほどでもなし。九州路は意外とコンパクトなり。
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せっかく九州の地に来ておるのだからと、ちっと足を伸ばして佐世保まで。そう言えばあれはどうなったのだろう、と平成の遺跡探訪ハウステンボスへ。

今を去ること30年…くらい。仕事の主戦場が博多だった。月に2、3度は空路で往復し中洲をうろうろ…世はバブル、そのものみたいなプロジェクトをバブルとは知らず半ば鼻高々、いけいけどんどんしておった。そんな頃、「えらいもんできとるとですよ」と、クライアントの車で工事現場の見学に連れてって貰った…それ以来の訪問。

波乱万丈の運命を辿ったらしい巨大開発…今も普通に営業しておった。本気で作った作り物…オランダ人もびっくり、30年たってもハリボテ感は感じられず、堂々たる佇まい。が、やむを得ないことなのだがビミョーな痛さが突き刺さる。細部までの心遣いが時代の流れで陳腐化することに思い至らなかったのだな…今だって何も変わらぬ。当時のクリエイティブ、笑うべからず。

30年を見据えたプロジェクトなど難しいのだろうな。今更どうにもならない巨大な負債を知恵を絞って延命させてる健気さは涙ぐましいほど伝わるが、三連休中日の閑散たる寂寥…本物の文化遺産とは違う意味で、何世紀もあの時代を伝え続けるのだろうな。

その時代に生きていたのだ、私も。

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突発的事由により成田より博多へ…スマホでさくさくLCC、ピーチ航空に搭乗する。LCCは離れ第三ターミナルで時間かかるぞ…と、ピーチに限り第一ターミナルから乗れる…ってんでさくさく搭乗…午前中に博多到着いたしました。

まずは腹ごしらえ…胃にもたれるぞ一幸堂ラーメン↓
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新大阪から高速バスでひとっ飛び、有馬温泉に到着する。45分くらい、9時前にで着いてしまい、客先を訪問するのにちと早い…で、有馬温泉の代名詞「金の湯」で時間を潰すことにする。朝も早よから大盛況…中国語だけが飛び交いここはどこの国?状態。9割が中国よりの観光の皆様。

と、なんだか大変申し訳ない気分になる。はるばる海を越え、ここが日本を代表する温泉なのか…と期待して来られてるのだよね。金の湯、きっとあちらのガイドブックに載ってるんだよね。がっかり観光地に数えられてるんじゃなかろうね…。

温泉だけは本物、茶褐色の濁り湯。ただそれだけ。玄関、脱衣室、浴室に一切の風情なし。昭和の頃に中途半端にリフォームしたのかな、外も見えない窮屈な造りにチープな素材が痛々しい。せめてもう少し古ぼけて昭和パラダイスの香りでもすればよいのだがそれもなし。無愛想な接客と失礼な注意書き。町場の銭湯に激しく負けてる。

貴重なお湯も湧き出る演出の一つもすればいいのに…泥田の溜め池のごとし。ぎっしり芋の子の中華の友人は何を思うや。

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村上家前で蕎麦の昼食を摂った後、さてどこ行こかいな…と。棟方志功記念館あるで…雨晴海岸あるで…と、走り始めてから行先を考える。天気は生憎、間欠的に降ったり止んだり。眺望は無理じゃな。で、越中小京都と呼ばれている城端市界隈を散策することに。「じょうはな」は読めんわな。行きがけにこの町のご当地アニメを紹介するカフェに立ち寄る。

絹の商いで財を成した野村家の名残を留める街並みをぶらぶら。昭和初期と思しき建物も現役で使用されている…織物センターだっけ?川島織物の川島さんの出身地だとか。↓
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これは10年ちょっと前まで営業していた銭湯「桂湯」を雑貨屋にリノベーションした建物。昭和の料金表が展示してあり、どの時代も結構高い洗髪料を取ってたのを知る。↓
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地域のお祭りでの山車を展示している「曳山会館」↑を見学ののち、帰路へ。帰りの新幹線の時刻1時間半前くらいに新高岡駅到着。今年はとってもパンクチュアル…駅前の魚民でお疲れさん、来年まで元気でね会でお開きとする。コンパクトで素敵な旅でした。
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2日目。庄川を上流へとさかのぼりドライブ。世界文化遺産五箇山の合掌造り集落を訪ねる。わりと最近訪れた相倉集落、維持のためやむを得ないとは言え著しく観光化…民家のほとんどが土産物屋か民宿に。通路、順路も整備され合掌造りテーマパークの如し。こういった文化遺産の保護に費やされる予算が少なすぎるのだな。国宝指定されても維持費の半分は自腹だそうな。全部税金で負担しても何兆円もかかるわけじゃあるまいし。
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そんな相倉を離れ、ぽつんと一軒だけ建っている重要文化財旧村上家へ。こちらはさすがに住宅としては使われていないものの、今も当主が家を守り来館者に丁寧な解説をしてくださる。ご当主、中学生くらいまではここで暮らしておられたそうな。ちょうどいいタイミングでその説法に与かり、この地が加賀藩の流刑地であったこと、当時の民衆の風俗、習慣などの知識を得る。話の終わりには当主自らが竹で拍子をとって「こきりこの歌」を3番までフルコーラスでご披露くださる…いい声だ。
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お土産(←自分用)は当主自らがデザインされたハンカチ。センスいいなぁ…万能当主さんだ。